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【天秤座・満月】宇宙を舞台に踊る調和のダンス

 

あっという間ですが、4月19日20:12に天秤座の満月を迎えました。

前にも書いたように天秤座の満月は3月21日の春分の日にも起きており、今年2回目という珍しい天体イベントになってます。・・・・ということは、天秤座のテーマがとてもフォーカスされているということでもあります。

さらに、前回の4月5日の牡羊座・新月が、天秤座のハウスである7ハウスで起きたこと、牡羊座は天秤座と真向かいに位置する対極関係にあることも踏まえると、実は春分で起きた満月からこの時期までは’天秤座’が私達、皆にとっての大きなテーマであったように思います。(ちなみに最初の満月は天秤座0度、今回は29度で起こりました。)

ただ、天秤座のテーマとひとくちで言っても、「調和、バランス、社交性、厳密さや正義を追求する鋭さ、審美眼、人間関係からの学び」といった一般的な天秤座に関するキーワードの表面的に理解したとしても、言葉の辞書的解釈で分かったような気になるだけで、せいぜい目の前の状況をその場しのぎでちょこっと上向きにさせる開運アップ的な活用で終わってしまうでしょう(それも悪くないのですけどね)。

ですが、自分自身や人生の多岐に渡ることにおいて、全てが頭で考えたように論理的に合理的にことが運ぶわけではないことを私達は痛いほど分かってますよね。

前回の記事の中で、ここでの新月・満月情報を学術的になり過ぎないようにしたことの理由のひとつに、この合理的でないこと、特に心や精神に関わることにおいて、合理的に理解する思弁的なアプローチは私達の感性の中にある霊性を抑圧しかねないと感じたからです。

ちなみに人智学者シュタイナーの言い回しは、そういう思考回路では理解できないように意図して論じているように感じます。それは人間のもつ論理的思考の限界と、霊的自己への繋がりを妨げるものであると熟知していたからかもしれません。

*実はこういう意図も兼ねて、前回の記事を書いたのですが、「?!」ってなった人も多かったかもしれません。(もちろん、私の文章力と概念の説明が微妙だったのもあるかもしれませんが・・・笑。)

話を戻しますが、この人間の思弁的な思考とは、実は自分で考えた行為の結果ではなくて、たいがい幼少期からの家族といった身近な人たちや学校、メディアを通じて受け取った社会通念などから形成される、習慣的で反応的な思考です。

それは別の言い方をすれば、エゴ(自我)が作り出した思考パターンとも言えます。

この思考によるアプローチはこれまでは上手くいきましたが、これからはもう機能しなくなるでしょうね。実際、こういうアプローチを前提にして生み出されてきた価値観、例えば、唯物主義、権威・権力主義、家系、大量生産や大量消費、他との比較、競争、支配と依存などが廃れているのを目の前の現象として日々、目撃していますよね(まだ始まりに過ぎませんが)。

◆サイクルの大転換期という大局的視点

今までは通用したものが通用しなくなるといった流れは人間だけでどうにかコントロールできるものではありません。

人間もまた森羅万象、宇宙といった全体性の一部であり、その全体性の変化と進化という目的においてのプロセスの中にあります。そして、プロセスにはいくつかのサイクル(周期)があり、そのひとつに人間の時間感覚でいうと気が遠くなりそうな26000年周期があるのですが、そのサイクルのまさに大転換期がこの時代と言われています。

ただの転換期ではなく、わざわざ’大’が付いていることにも注目して下さい。これは’180度質の異なる領域への転換’を意味しています。(そんな地上史上稀にみる激動の時を私達の魂はわざわざ選んできているんですね。)なので大転換期の流れに沿ったものでなければ移行先に持っていくことができず壊されてしまいます。

そして、大きな周期が大河だとしたら、その大河の方向や勢いに加担している小さな川のひとつに、占星術的視点でみた今年の天王星・牡牛座時代の始まりがあります。

その流れの中にある今回の天秤座・満月には、

  • この大転換期の中で天王星が牡羊座にいた過去7年を通して霊的な自己(魂)との繋がりに気づき始めた上での’「私」とは何者か’という学びを終えての新生「私」の誕生。
  • 新生した「私」に対応した、自己価値観の書き換えの始まり。

という、今のこの時代というサイクルならではのテーマも背後にあるということを、木を見て森を見ずにならないよう意識したいところです。

自分の視点の位置を知る

私達は自分が信じているほど自分のことを分かっていません。

なぜなら、私達の魂自身が自分で自分を囚われの身にしてしまったため、その魂から形成された「私」という人格の視点自体が転倒しているからです。

 

つまり、人間はずっと’世界をありのまま観るということができない状態’に陥っているということです。自分が世界を、他者を見ていると思い込んでいる視点そのものが初めから反転されてしまっているということです。(*くどいようですが、前回の記事はこの点について言及したのでした。)

 

今回の天秤座・満月の’調和やバランス’を見出すためには、まず自分が自分自身や世界をどの位置で見ているかということを認識することから始める必要があるのではないでしょうか?

<自分の視点の位置を知るためのヒント>

以下の3つの尺度を結んだ交点に自分の視点の位置があります。

▪高さ:どの視点の高さで見ているのか。起きている物事を同じ高さで見ていてはそれが起きている全体性が見えません。アインシュタインも言っているように、問題が起きている次元よりも高い次元をもってのみ解決策が見つかります。対応として、問題の次元と同レベルで反応しないこと。特に、恐れや不安など感情や過去の執着や習慣的な反応だけをしていないかに気をつけてみる。

▪角度:多角的視点をもつ。私達は(それが個性でもあるのですが)、それぞれが独自のものの見方をもっています。それぞれの視点が捉えることは一つの真実として間違っていないのですが、それだけでは全体性の真理を掴むことができません。それはまるで、盲目の人たちに象の異なるの体の部分を触らせ、象の特徴を言い当てさせる話と似ています。情報、知識、経験、共感力、社会参加、自分以外の存在の感じ方を想像する力などによるのではないでしょうか。

自分以外の人の意見や考えに触れる機会はいろんな視点があることを知るきっかけになります。また、いくつかの異なる角度を持った視点でみると、ものごとを平面ではなく立体的に認識できるように思います。

▪深さ:表面からは見えない部分を理解する力。今、現実的に起きていることそのものに振り回されるのではなく、それが本当に起きている見えていない部分(多くは感情や思考)に気付き、「私の中の何がこれを現実化してしまったのだろう」という視点で根本的な対処ができる。一見、自分とは直接、関係ないように思えることでさえ、それを目撃したり知っているのであれば、その背後にある真意を理解できます。

困難や障害といったチャレンジングなことがある時は、視点がレベルアップする大きなチャンスの時です。私の場合、物事の突破口が見えない時にこれまでの視点の限界を感じ、今、もがきながら取り組んでいることが視点のレベルを上げるプロセスそのものなのだと意識するようにしています。

自分にとっての調和ポイント

これまでの古いシステムにおける天秤座の’調和やバランス’の概念は、細い針先が精密なプラスマイナス’ゼロ’ポイントを指すような、ストイックな完璧さが求められていた感じがしますが、これからその概念はひっくり返るんじゃないかなと感じています。

第一に、ピタっと重心で止まる完璧なバランスは、’そこに動きがない=進化・成長がない’ように思えるのです。もちろん、一時的な’止まる’という動きが全体と調和するとき、豊かな音楽の中のリズムやメロディーを作るための大切な要素となるでしょう。しかし、それは7色が完璧に混色されて白一色だけの世界がずっと続くような不自然さでもあります。

美の金星がルーラーとなる天秤座の追求したい美とは、ショーウィンドウの中で着飾って動かないマネキンではないはずです。(人間型AIでも動く時代ですから〜笑)

第二に、今のマネキンの例であげたショーウィンドウが象徴なのですが、今までの天秤座の調和やバランスの舞台(評価される場所)が、宇宙の真理とは関係なく一部の人間達が作り出した社会通念が枠組みにあったことが大きいのではないかと思います。

日本は特にこれが強いのではないかなと感じてます。天秤座のルーラーの金星だけに、例えばファッションやメイク、スイーツ、小物など何でも流行があって、’今、これが流行っているから’、’みんなこれを持っているから’、’有名人が使っているから’と言って、多くの人が自分が美しいと思うものを一般標準(?)に合わせ、そこに自分の心の在処を見つける、みんな一緒という奇妙な調和。

何となくなのですが、宇宙のいう’完璧な調和・バランス’というのは、常に変化という動きに合わせたものなのではないかな、と思っています。

バランスの軸の置き場である重心も計算して出すような客観的で均一的なものではなく、そのときの流れに合わせてちょっと右に偏ったり、ちょっと多めに赤に染まったりして、’自分が変化そのものの一部になる’ことが、生きた調和とバランスの在り方なのではないかなと感じます。場合によっては、重心という概念すら必要ではなくなるかもしれません。

それは例えるなら、文法の型を破ってでも音の美しさの方を重視するイタリア語にように、言葉を使って体現する自分が全体と一体化して気持ちが良いかどうかが重要だということなのでしょう。

そして、その調和の重心のずらし方やかけどころ(もしくは重心はなくても良い)は、一人ひとり違って良いと思うのです。前述したように、一人ひとりの独自の視点をもっているわけですから、調和やバランスを感じるポイントも皆、違って当然だからです。

これからの新時代の個人が踊る天秤座のダンスが宇宙の流れに合ったものであるなら、必ずあなたと調和のダンスを踊ってくれる誰かまたは人たちが現れるはずです。