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【射手座・満月(半影月食)】<私>の輪郭を形どる常識という幻想

6月に入りましたね。

グレゴリオ暦をベースとしたカレンダー上での月の切り変わりを大事にする人もいると思うのですが、個人的には月の暦の方が心身の状態が呼応しているように感じるため、月のリズムやホロスコープの天体配置で物事の切り替えのタイミングなどを直観的に把握しやすいなと思ってます。

そして、今回も私達の意識のあり方、日々の生活や人生という大局的にみた流れの中で切り替えのターニングポイントにもなる天体イベント、6月6日4:12に射手座で満月(半影月蝕)が起きました。

今回の満月に向けての個人的な実体験をお話しさせて頂くと、体の重さとむくみが半端ありませんでした。

新月〜満月にかけては良くも悪くも何でも吸収する時期ではあるのですが、何となく今回の満月に向けて摂取したあらゆるもの(食べ物だけでなく)がまさに体がぐんぐん取り込んでいるような顕著な体感がありました。

肉体=「土」のエレメントだからなのか、こういう時の満月は’現実レベル(土)での変化や状況が明白になる’ことが、これまでの経験上多かった気がします。

しかも、今回の満月は、これから半年〜1年ぐらい先の物事の到達点に向けて大きく拡大していけるターニングポイントにもなる月蝕でもあります。

そして、そこに躍動感ある射手座の満月だけにこの「大きく拡大」が益々、クローズアップされる感じでしょうか。

さて今回も占星術、数秘、タロットなどから得たインスピレーションを通して、この満月に関して個人的に思うことを書いてみたいと思います。

今回の射手座の満月(月蝕)では、拡大・発展していく転換点としての大きなチャレンジがありそうです。

それは、「自分の中の信念体系、つまりは当たり前の常識だと思っていることを壊す」ということなのかもしれません。

自分の中で’常識’だと捉えていることとは、言ってみれば’世界や社会と自分という個の関係性とその中での個のアイデンティティーに関する信念’だと思うのです。つまり、「これが<私>と世界を結ぶルールである」と自分が固く信じていることです。

良くも悪くもここから射手座の掲げる理想主義に通じるものがあると思うのですが、自分の盲信する真理に囚われている射手座はその持ち前の寛大さが生かされず、他者から提示される他の可能性、ないし自分の真理と相反する考えに対して不寛容や拒絶を起こしかねません。

木星にルールされ、蠍座の束縛の反動から「伸び伸びと広がっていく自由」を獲得したい射手座でありながら、自分が信じる完璧な理想という制限に囚われてしまうのです。

つまり、私達の射手座的な部分である「常識=自分の信念に囚われた理想」という構図になっているということです。

そもそも常識というものは、幼少期からの環境による刷り込みであったり、生まれながらの自分独自の感受性を通して認識したこれまでの自分の経験に基づいてつくられた概念に過ぎません。しかし、それが自分と一体化してしまい、無意識的になりがちです。

そこに今回の射手座の満月では、この無意識の領域である月に射手座があり、しかも月蝕ですので、この普段は意識に上がりにくい一体化した囚われた自分の信念(常識)が、現実的な出来事を通じて感情に揺さぶりをかけながら浮き上がってくるのかもしれません。

この時、とても大事になりそうなのが、

  • 自分の本音(低俗な欲求)に気づく
  • 本能、情熱、喜びといった理屈抜きの直感的勢いと行動

というところだと思うのです。

射手座はその高い理想主義のために理性が働き、全てにおいて高尚な真理があるという信念の下、知性で全てを理解しようとする高い精神性を司るサインではあるのですが、しかしそれを成立させるために見落としてはならないのがその対極的な性質です。それは射手座のシンボルである半身半馬が象徴している通りです。

占星術を含む神秘学の基本的な考え方に「二元性の統合」というのがありますが、射手座はそれ自身でこの二元性を持ち合わせていると言えますし、またその二元性を内包した射手座という性質もまたひとつの極性とみるならば、それはホロスコープで対向する「双子座」が対極の性質ということになります。

ですので、この双子座のもつ性質もこの射手座・満月(月蝕)を乗り越えるのにとても大事になってきます。(双子座についての過去の関連記事はこちら)

さて、今回の満月の射手座では、特に「自分の存在意義を常識という形で、社会という自分の外の世界に依存している部分」にフォーカスが当たりそうです。

’常識’は、いつものように私達に’理想’の信念を押し付けてくるかもしれません。

その時、その理想に近づけるよう何とかしようともがき苦しんだり、何かしらの義務感、努力、我慢、忍耐を要求している自分がいたら、それは自分の常識に囚われているサインなのかもしれません。

その囚われから出る一歩として、前述した自分の本当の欲求であったり、本能的な部分を決して否定せず、まずは自分にそういう部分があることを受け入れてみるということが大事な気がします。

すると、自己存在を依存するために社会を求める代わりにどこで誰と何をしていようとも自分自身であることに深い信頼をもち、また常識の囚われとなる代わりに自分で望む現実を能動的に創造することができようになるのだと思います。


「今日からあなたは自由です。何をしてもいいし、何でも自分で好きなように決めて生きて下さい。」

と言われても、きっと多くの人がどうしていいか分からず、他の誰かが掲げる「より良く自由に生きるための人生マニュアル」なるものに飛びつき、そのコミュニティーで作られた新たな常識に囚われるだけなのでしょう。

常識やルールの枠は、囚われを作るものであると同時に、その中にいれば守られるという安心感も得られるというわけです。

私達は本当ははじめから自由であったという真実を知るために、敢えて制限に囚われて、自由を獲得していくという体験をするのかもしれませんね。

この射手座のテーマは今回の満月だけでなく、これから約1年半の間、皆がじっくり向き合っていくことになる’人間の集合意識における過去生の因果’に関わる深く長期的なテーマとなる部分でもあります。とすると、今回の射手座・満月はその最初のステップと言えそうです。

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