こんにちは。いかがお過ごしでしょうか?
時間の感覚が益々なくなってますが、日付を見ると少し久しぶりの更新になりました。
5月も気付けば月末に差し掛かっていますね。
今年一番の天体的イベントが起きた5月中旬あたりから気持ちや体がダウン気味という人も多いようです。
中には天王星が牡牛座入りして早くも向き合わざるを得ないような状況や変化に直面しているという人もいるかもしれません。
今年2018年はマスターナンバー「11」の年だけに、私達は本当に大きな変革の始まりを体験していることを日々、感じています。個人的にも、自分の出生チャートから今年は今後の人生の流れを大きく変えていく変換期にあるので、’自分の生き方や生きる意味’を真正面から常に確認するとてもインテンシブなプロセスの中にいます(> <;)。
このプロセスは向き合うのは確かにハードなのですが、取り組んでいくと寧ろ、今まで逃げ場を失っていた外に飛び出したがっているエネルギーのプレッシャーを解放していく感じで、清々しさと安堵感、より軽やかで自由になっていく自分自身を感じています。そして何よりこの飛び出したがっているエネルギーを抑え込んでいたのは私だったのだと気付くのです。
そんな中、来たる5月29日23:19に射手座で満月を迎えます。
この満月は、先日5月21日に太陽が双子座に入った双子のステージにて起こります。つまり、太陽-双子座&月-射手座の対向線上で起こる満月です。
射手座も双子座も「風」のエレメントのサインで、軽やかで動きがあり、俯瞰して物事を捉える私達の「知性」に関係しています。
その中でも「射手座」は、’自分の理想や真理を追い求めて遠くまで旅に出る’というテーマをもっています。
自分の理想や真理とは、一言で言ってしまえば「自分の魂の欲求を満たすもの」なのではないでしょうか。
魂の欲求には、性別、年齢、人種や宗教、職業、社会や家族の肩書など全く関係ありません。
つまり、あなたが誰かが称賛するような特別な才能や資格、地位をもっていようがどうでもよいのです。
魂はそれらを自分の欲求を満たすための手段や葛藤として使うことはあっても、それそのものが目的ではないのです。
魂の欲求とは、
といったものです。
自身が形を持たぬ魂には制限がないので、制限だらけの地上で、制限をもつ肉体が自分自身である思い込むと苦しくなります。
ぐっと胸の奥が締め付けられる苦しさ、辛さ、悲しみ、怒りは、’魂の叫び’かもしれません。
こういう感情はネガティブだから感じてはいけないとか邪魔だとか思って、抑え込んだり無視していると、冒頭でも書いたように、逃げ場を失い、存在を邪険にされた魂の叫び声が大きくなってきます。
それでも今までは
「仕方がない」
と、自分に言い聞かせて誤魔化していたことが、もはやそうはいかなくなってきているように感じます。
アストロロジー的な視点で言えば、この時期の天王星の牡牛座入り、蠍座の木星逆行、山羊座の冥王星逆行、水瓶座の火星が手伝って、自分をごまかすために何とかしがみついてきた安定も揺るがされて、価値があると信じてきた持っているもの(所属していること)には何の保証もないことが露呈し始めています。
でも、大事なのはここからなのです。
世の中などは諸行無常で、同じ状態がいつまでも続くわけではありません。寧ろ、安定しておらず変化し続けるのが当たり前と思った方が、しっかりと自分を見据え、自分を生きるという覚悟ができます。
崖っぷちで何とか今踏ん張り通しても、この先はもっと窮地に追いやられる可能が高いです。
でも人って、窮地に追いやられると、何も無くなると、本当に必要なことだけが見えてきますよね。
できたら、個人的にはそんな窮地に追いやられる前に、自分の心の奥にある(魂の)欲求を感じてみることが大切だと思うのです。それは私達の内側で永遠に消えることなく燃える、喜びと情熱に溢れた火のようなものです。
そして、あなたはそれを実現したい夢や希望という形にして思い描くでしょう。
すると、間髪入れずに
’それは現実的に無理に決まっている’
という、それこそお決まり文句の大きな声が頭の中を巡るはずです。あなたに再び「仕方がない」と諦めさせるのに十分な狡猾なやり方で説得にかかる声です。
しかし、今回の射手座の満月は「まず無条件に大きな夢や理想を抱きなさい!」と言ってくれています。
ただし、その抱く夢や理想はあなたの魂の欲求からくるものであることが条件になるでしょう。
その大きな夢や理想の矢を遠くに放つと、遠く向こうの空に輝く星となるでしょう。
これからその星を目指して歩き出しましょう。射手座は遠くの旅を誘うので、少し時間がかかるかもしれませんが、方向を見失わないよう(魂の欲求に反することはしないよう)、途中の困難も乗り越え、その一歩一歩を楽しみながら進んでいきましょう。
・・・そして長い旅の後、星に辿り着いてみると(夢や理想の実現すると)、実は星に辿り着くことそのものよりも、この旅のプロセスそのものに魂の欲求の本質があるということを知るのかもしれません。