【獅子座・満月】自分を手放した時にはじめて”自分が存在していること”を知る
今年2月3日に迎えた立春は、二十四節気の最初の節気であることから”新年の始まり”とされたりもしますが、ここからまた新しく切り替わっていくものを感じた人も多いかもしれません。
自分の中のどんな新しい世界がここから開いていくのかを意識に顕在し始めたのが、2月12日の獅子座の満月であったように感じます。
ここからの約2週間、過去からの延長ではない全く新しい自分を生きている世界にいることが益々、明確になっていきそうです。
〜獅子座・満月(2月12日)〜
- 【数秘】2025年2月14日→「14/5」
- 【タロット】「14・TEMPERANCE」「5・THE HIEROPHANT」
自分を手放した時にはじめて”自分が存在していること”を知る
この獅子座の満月は、<わたし>という器(獅子座の月)と心に羽根をもつ意識(水瓶座の太陽)の物語だ。
<わたし>が”見る”とき、<あなた>は”見られているもの”になって<わたし>を支えてくれる。
<わたし>は<あなた>のその眼差しと言葉の投げかけによって自分がここにいると感覚する。
<わたし>が下降するとき、<あなた>は上昇して私の永遠の夢となって、インスピレーションと希望をたらしてくれる。
<わたし>が上昇するとき、<あなた>は下降して私がこの世界を体験するための器になってくる。
暗闇の深みを突き抜けた向こう側に美しい光の輝きがある。
カオス(混沌)の前に完璧な秩序のアルケー(根源的原理)がある。
具現化した見えるものの可能性を収束させる規則性のリズムは、潜在する見えないものを内包した空間と接続させる境界線を作る。
その境界線は、生と死、意識と無意識、物質と精神のヴェールのことだ。
未知の新しい体験に飛び込む生命のダイナミクスを表現することがLIFE(ライフ) ー 生きることであり、人生であり、’今、ここ’の瞬間性のことなのだ。
<わたし>という器と心に羽根をもつ意識のことを「人間」と呼ぶ。
それは体験のためにあえて<わたし>という肉体と言葉に閉じ込められていることを認識しながら、その制限を超越する直観的知性をもった自由な精神の存在。
”自由”とは、自分を閉じ込める制限や抑圧から逃れて責任を放棄して好き勝手することではなく、外の現実世界がどれほど強力で混乱があろうとも、自分の内側はそれに少しも煩わされることがなく、どんな状況の中にも調和や美しさ、面白さを見出し、体験そのものを楽しめる精神の自律性のこと。
神秘学において、時間は未来から流れてきており、未来の記憶(生まれる前の魂としての自分が決めていきたこと)を’今、ここ’で<わたし>という人間として体験しているという哲学思想がある。
だとしたら、今、目の前にやってくる現実世界の出来事とは、(あえて忘却しているが)自分の魂が自ら設定した体験したいことの機会を与えてくれているもの、ということになる。
「この出来事を通じて私の魂は何を体験したがっているのか?」
この自分への問いかけは、抗えない欲望、突き動かされるような情熱や衝動、強烈に魅かれることやワクワクすること、直感的なものを通して、自分の中の未知の新しい世界を開くトリガーになる。
過去からの延長線上にいる<わたし>にとって、それは目が眩み、足がすくむような恐ろしさ。
その開かれた新しい世界へ一度、飛び込んでしまったら、もう今までの自分には戻れないことを知っているから。
そして、それが起きたということはいよいよその時が来たのだということを、そこから逃れられないということを知っているから。
今までの”これが自分である”と思い込んできた<わたし>の秩序を壊しにやってくる、その強烈な目の前の出来事こそ、何を隠そうこの人生の物語を書いた根源的自己としての自分自身そのものなのだから。