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【風の時代の顕現】根拠無きところに自己を定義する

再び力が湧いてくる。
内部に存在の広がりを感じる。
心の太陽から力強く思想の光が輝く。
その光は人生の謎を解明し、
暗い願いに希望の光をもたらす。
(ルドルフ・シュタイナー「魂のこよみ」10月第2週)

思えばそれは8月23日の水瓶座・満月から秋分にかけてそれは起こっていた、天という名の精神の世界で。

風のエレメントの大きなトライアングルがグルグル回り続けた。まるで風車のように。

物質世界に下降した人間の肥大化した自我的理性は長らく限界の中を暴走し、行き詰まっていた。

この人間の意識形態は二元性に基づいているため、思考も言葉も意思疎通も最後は結局、善悪二元論に行き着く。

「<わたし>の正義」の剣は、それ以外のものを切り捨てる。何かを選ぶということは、それ以外のものを選ばないことでもあるから。

そしてその<わたし>の選択や決断の積み重ねが<わたし>の人生になる。

しかし、暴走した「<わたし>の正義の剣」は、諸刃の剣だ。「<あなた>の正義の剣」との対立を生み、たとえ’<わたし>の正義’が’<あなた>の正義’を勝ち負かしたとしても、冷酷で殺伐とした分離の世界が待っているだけ。

理性にとって自分の正義が勝利することは誉のはずなのに、独りよがりのニヒリズムに陥り苦しむ。

天秤が揺れる揺れる。双子座の好奇心が外の世界からもたらした情報の風を受けて。

’どちらの正しさを取るべきなのか?正義とは何か?真実とはどこにあるのか?’

天秤は悟る。それは自分の外にあるものではない、と。

この世界に唯一無二の絶対的な正しさ、正義、真実は無いのだと。

なぜならそれらはどこかに存在しているものではなく、’自らが為っていくものだから’。

この時、天秤は自らの本性は、外の世界に受動的に動かされる2つの皿の側ではなく、それらを中心で能動的に支える軸の側であることを見出した。

双子座と天秤座を結ぶ線を垂直方向の高さから見つめる水瓶座にとって、水平方向では対立しているように見える二元性は同じ価値基準のグラデーションの差でしかない。

こうして、これら3つの風のエレメントはそれぞれの視点を繋げて大きなトライアングルを作り、回転し始めた。

すると、その三角形の底辺を作る2つ視点(対立する二元性)と頂点となる視点(統合する点)が常に移り変わるものであることを知った。

善と悪も、光と闇も、神と悪魔の判断などは、瞬時に流動的に常に変化し続けるものだ。なぜなら、それは互いに表裏一体のものだから。

・・・そして、3つの風のエレメントは思った。

このトライアングルは自分たちの視点が作ったものだけど、これを回転させている力とは何なのだろう、と。

暫くして、’風のエレメント’のもつ客観的視点とは、他者の視線を借りて見られることによって生まれた幻想の自我の視点に過ぎないのだと分かり、驚愕した。

人間とは、見られる側のものとして立ち上がった<わたし>の視点を主観的視点だと勘違いし、この世界に逆さに落ちた自己意識のことだ。

そして、その世界の中で思考し、ロジックを組み立て、それを客観的視点(風のエレメント)だと思い込んでいる。

3つの風のエレメントは、実は自分たちの視点を生み出している根源的本質というものがあり、またそれは自分達のトライアングルを動かしている力そのものでもあることを知った。

私達一人ひとりの存在とは壮大な宇宙霊の現れとして大きな歯車の一部であり、また同時にその歯車を動かしている動力(宇宙霊の根源)そのものでもある。

人間の「思考、知性、概念、論理、言葉」を司る風のエレメントのパラダイムシフトが、今、顕在化し始めているようだ。

この10月に入った途端、この世界の何かがガラッと一変したように感じたのもその反映だろうか。

いつも自分の見つめる目の前の世界の中に’あらゆる全て’が開示されている。

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